そりから本日のブログは長い上に
下に綴る出来事で再開を果たした面々にココのことを話したりしたので
その人たちにしか伝わらないコトバも出てくるかと思います
御了承くださいな
兄弟たちよ
そして美しいイトコちゃん
(あっち読んだよーっ しっかり読んだよーっ コメントはどうつけるべきか悩みちぅ
アタシはこんなやつなのだ
これが全てでこれが本音
上手に話せないアタシの気持ちを綴ったら、こんなに長くなっちゃったよ
そしてお手紙をくれたオトモダチたちへ
記事の中身とお返事メールの内容が重なっている部分も多いです
ごめんね
ついでに更に書き加えると
話の中身が過去に行ったり
現代に戻ったり
あちこち右往左往しますが、おおめに見てやってくだされ
お彼岸の日に祖母が亡くなりました
カルテット長男を正月明けの4日に亡くした時とはまた別の
説明のつかない感情の中でこの数日を過ごしております
このブログを初期の頃より目を通してくださっている方たちの中には
読んだコトもあるかと思いますが (その記事は削除しちゃってるけどネ)
アタシは子ども時代の大部分をこの亡くなった祖母
前述の美しいイトコちゃんの母親であり父の末妹にあたる当時お嫁入り前の叔母
そしてもうひとりの父の妹で、アタシがそっくりだと言われるもうひとりの叔母
それから周りの他の方たち多くの人の手で育ちました
母は確かに同じ家にいるのに、イナイという環境でした
兄弟が揃うと誰一人マトモに育ってないもんなあと笑いあい
母のことを語ることができるようになるまでに、何十年もの月日が必要でした
何十年も経て思うことは
母には母ナリの愛情があっただろうということです
でも、それを表現する方法を持たない母でもあったかとは思います
子ども時代の一番の理解者は祖母でした
母に抱かれた記憶がほぼナイ代わりに
祖母の深く刻まれた皺のある手を、しっかりと覚えています
破れた服をつくろうのも
アタシの髪を洗うのも
隣の布団で眠るのもこの祖母でした
ちびこいのが生まれた時
初めてのひ孫だと皆に自慢しながらジブンの乳母車に座らせ
散歩をしていたこともありました
厳しい年金生活の中から
ちびこいのに服を買ったり
ぬいぐるみを買ったり
お菓子を買ったり
そんな祖母からアタシはある事情により飛び出し
何年も連絡すらせず
そしてそのまま逝かせてしまいました
子どもの頃からずっと
ひとりぼっちのような気がしていました
おばあちゃんがどれだけ可愛がってくれても
おばさんたちにどれだけまとわりついて甘えて
それを受け止めてもらえても
それでもどうしようもない孤独の中にいました
孤独、、じゃないのかな
例えようのナイ喪失感のような中にいたのかもしれません
祖母がお盆やお正月前になると
手伝ってねとお客さま用の布団を用意します
それは泊まりに来る叔母達とイトコたちのお布団
物心がついてからは祖母の話し相手でもあったアタシは
祖母がどれほど叔母たちの里帰りを楽しみにしているか誰よりも知っていました
アタシも叔母たちがイトコたちが来ることが楽しみで楽しみで仕方がなくて
でも、唯一のおばあちゃんを取られてしまうような
そんな複雑な気持ち
叔母に甘えるイトコたちと
そのイトコを見つめる叔母の母としての視線
祖母に甘える叔母たちと
その叔母たちを見つめる祖母の母としての視線
妬ましいような
羨ましいような
アタシはアタシとしてのポジションを守ることに必死でした
家庭の中では
祖母にだけ張り付いては生きてゆけず
母にも寄り付きました
年子で生まれていた兄弟たちは母からの手を
アタシよりは受ける立場にいたコトもあって
この二人よりも母の前ではいいコでいなければならず
そうでなければ口さえまともにきいてもらえない場所にアタシはいました
イトコの○ーちゃん
アタシ、○ーちゃんのお母さんを泣かせてしまったことがあるんだよ
その話を妹と弟たちを待つ、あの車の中で何度も話そうとしたのに、結局言えなかった
○ーちゃんに嫌われるのが怖かったんだと思う
叔母さんには今までも山ほど心配をかけたけれど
そういうことぢゃなく、本当に文字通り泣かしてしまったの
祖母と母の間に挟まれ、母からその時以上に避けられ離れられるのが怖くて
母にそれ以上嫌われるのが怖くて
そう口にするしかなかった子どもだったとはいえ
頭を下げる叔母の気持ちを踏みにじることしかできなかった
ずっとそのことが忘れられなくて、うんと時間が経った20の頃だったかな
叔母さんにごめんねって言ったんだよ
でもそんなことあったっけ?と笑ってた
忘れてるわけないのにね
アナタのお母さんはアナタも知っての通り、愛情のカタマリのようなヒト
いや、愛情爆弾かなあ
もうひとりの叔母さんが「アンタはホントにうるさいわ」と笑いながらお母さんに言うけれど
その叔母さんもアナタのお母さんが可愛くて仕方がないんだろうなと
ずっと羨ましかったんだよ
ああ ○ーちゃんと○○くんは愛されてるって
子どもの頃からずっと
そのキレイな顔立ちだけが羨ましかっただけぢゃないんだよ
叔母から留守番電話に祖母が亡くなったコトを告げるメッセージが入った日
折り返しの電話を震える手でかけると
叔母さんは「かけてきてくれてありがとうね」と真っ先に言ってくれました
病院で一度は持ち直したコト
朝センセイが診た時には大丈夫だったけれど
次に看護婦さんが来た時には既に息が止まっていたコト
頭の芯が痺れたままでぼんやりと聞いていました
通夜の日、お昼過ぎに葬儀場に着きながらも
ちびこいのを連れて葬儀場の控え室に入ることが怖くて仕方がなかった
何年も寄り付かなかったこと
あんなにも可愛がってくれた祖母にすら電話しなかったこと
それを責められるんじゃないか
罵られるのではないかって
でも意を決してドアを開いた時
全員が驚いた顔をしながらも
よく来たね、おばあちゃんの顔見たって。と言ってくれました
ちびこいのを見て
大きくなった大きくなったと目を細めて
抱き上げてくれた弟
かけよってきた妹
よく来たねと言ってくれた叔母たち
おばあちゃんを見て泣きじゃくるちびこいのの頭を撫でてくれたイトコ
アタシがなきじゃくるとティッシュをそっと差し出してくれたイトコ
そんな光景を目にして
肌で感じて
やっと気づいたんです
愚かです
30の半ばを過ぎるほどの歳にもなって
初めて気づいたんです
ああ、アタシはひとりじゃないって。
ちゃんと愛されて育ったんだって。
春の岸、祖母の戒名に入っている文字です
あの世涅槃に通じる道に一番近い日に旅たたれたのは
生前につまれた功徳のおかげでしょうとお坊様が仰っていました
そしてそのお話しをされるお坊様の隣にある祖母の遺影に使われた写真は
生まれて三ヶ月のちびこいのを抱いた祖母の写真でした
ねえ、ばーちゃん
ばーちゃんの仲良しのKさん
通夜に一番にすっ飛んできて、お彼岸のええ日に逝きなすったって
ばーちゃんの顔も頭も何度も何度も撫でてたの気づいてた?
まだすぐには逝けないけど
しばらくしたら逝くから待っとってよ、そう言ってたよ
イイトコのコとして生まれたのに、ずっと働きづめで
苦労ばかりしてきたばーちゃん
もうゆっくりしていいから
ずいぶん先に逝っちゃった父さんと、じいちゃんと
ゆっくりゆっくりしていいよ
ばーちゃん
ばーちゃん
帰るの遅くなってごめん
いつも帰りが遅くなると
玄関先や少し先の道路まで出て来て
アタシを待っていてくれた
この日もアタシを待っていてくれましたか
帰ってきたよ
また遅れたけど
ちゃんと帰ってきたよ
ばーちゃん
涙が止まらないよ
どーしたらいい?
ばーちゃん
って、12月に開けてたのねっ!!
やだ、そのちょっと前には見に来てたのに・・・・
1か月以上も経ってから気づくなんて
ばかばか、アタシのばかぁーーーー∴nicoただいまなのか、そうぢゃないのか。お久しぶり〜♪こまめちゃん、ヤッホー♪
忘れたことは、なかったよ〜
去年の記事を振り返っていると
こまめちゃんからのコメント
たくさん頂いているんだもの(^_-)-☆
この頃、忙どんぐりママただいまなのか、そうぢゃないのか。素敵なクリスマス過ごしてねたーぼのははただいまなのか、そうぢゃないのか。おかえりい待ってたよォ
少しづつでえから
玉にでえから顔覗かせてね
年末やね
忙しいけど、元気でいてください
寒いけどお互いにぼちぼちやろうねたーぼのははただいまなのか、そうぢゃないのか。おかえりーあ〜 嬉しい!
ちょっと涙出そうになったよ。
「かも」でいいの。
全然いいの。
可能性は希望。
年内に再会(再開?)できてほんと嬉しい!yu_kaただいまなのか、そうぢゃないのか。おかえりーおかえんなさい
のんびりまっていた甲斐があったわ〜
おかげでコメント1週間遅れw
あーっ ゆきももちゃんもいるー
なんか安心したぁまえポンただいまなのか、そうぢゃないのか。おかえりんおかえりを言う前にまず自分が戻れという話ですよ・・・ね(笑
でも、おかえり。
ジタバタ、いっしょにしようか(*´∀`*)bゆきももただいまなのか、そうぢゃないのか。私も、こそーり覗いておりました。
なんだかうれしくて、足跡残します。こそーり×2ただいまなのか、そうぢゃないのか。おかえりーご無事でなにより。
「かもしれません」で、ゆるゆるっとな。
私は進歩より退化や老化の方が身近。
ジタバタしつつ
「ちょびっとでも前よりマシな今」に
なるといいインデックスただいまなのか、そうぢゃないのか。おかえりなさい、というには新参すぎるのですが…
これからコソーリと覗かせていただきます。
ではでは。こそーり